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Thomas,Wohin Farhen Sie,denn?気力・体力は減少気味,睡眠時間は長くしないと持たないです。人生は「誤解と錯覚」ですがやりたいことはやっておかないと!


by gentas
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タグ:丹下健三 ( 4 ) タグの人気記事

丹下健三を語る

先日の「浅田孝を語る」の影響を受けたせいではありませんが、「丹下健三を語る」を偶然読みました。

丹下健三を語る: 初期から1970年代までの軌跡

槇 文彦 / 鹿島出版会



丹下シューレといえる弟子や教え子、丹下研・丹下事務所(URTEC)の方々の思い出話が中心です。最近の歴史家や設計士の方も名を連ねていますが、特にコメントもなく(まあ、ないでしょうけど)、若い読者に対して親近感を伝えるために名前を追記しているのか、と推察します。

ところで、丹下シューレの重要人物の一人、磯崎新さんが
架空座談会を書いていて、実に面白い!!先生である岸田先生などは現代の建築学徒や設計士の方々にはもはや名前ぐらいの存在でしょうが、先日の浅田孝さんも登場し、大所高所の議論好きとバッサリ表現されても、蛙の面になんとやら、いっこうに気にせず爽快ですらあり、一読に値します。

座談会中?に引用された
浅田さんの卒業論文「日本国民建築様式」(1943)
丹下さんの卒業論文「ミケランジェロ公頁」(1939)
は一度読んでみたいですね

それしても、先週から少し”建築小僧”になっていることに気づきました。

PS.本書の執筆者に阿久井喜孝先生の名前を発見し、これまた過去の思い出がよみがえりました。何がきっかけだったか忘れましたが、新建築誌の紹介だったかでお会いしたとき、AACHENにいくとお伝えしたら、軍艦島の資料を預かったような気がします。そういえば帰国してから連絡していなかった失礼を今頃思い出してしまいました。先生、たいへん失礼しました。ネットがない時代に写真などを託されたことを重要さを今頃になって気づきます
by gentas | 2014-08-16 14:03 | Urban Design

丹下健三

建築学科の学生だった頃、日本建築史を勉強していて「丹下健三から建築は始まったんだなあ」とうらやましく思っていたのを思い出しました。
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東大本郷などに残る明治時代の建物を見ると、漠然と思う日本らしさ違和感あるとおり、歴史的名建築の多くは単なる西洋建築様式の引用やコピーであることに気付いたからです(実際、本郷の工学部一号館前には日本の明治建築をリードした若かりしコンドル先生の像が誇らしげに設置しています)

その点、丹下先生の、地方庁舎などいっきにひろがった日本の近代建築様式を作り上げた評価は、いまこそもっと評価されるべきかと思います。学生時代はまだお元気な頃ですが、せいぜい私がやったのは、ひと夏を使って地方にある公共建築などを見て回って程度でした(丹下さんだけは尊敬していて回避したのか、URTECにはバイトにもいかなかったですね。黒川紀章、槙文彦や吉阪隆正などでは働いたのですが)


さて、赤坂プリンスです。仕事の関係でアメリカから来た技術者に丹下さんの新館に泊ってもらったときに、初めて室内に入りました。学生時代は、そのスマートなレイアウトに感動していたのですが、室内はいびつなレイアウトでおそろしく狭く、たいへんがっかりしたのを覚えています。


その洋館風の旧館には、たしかナポレオンだったかのバーがあって、ここはよく使いました。ボトルを置くのにハガキで申し込み、何ヶ月も待つという恐ろしい人気ぶりでしたね。
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別館はどうやら社員寮なのか昔から古ぼけた建物ですが両方が壊され、建て替えられるようです。本来どなたかのお住まいだった旧館ですが、周囲はすでに業務ゾーンであり、ホテルやましてやそのバックヤードにするにはもったいない場所・立地胃なのでどうやらホテルの増設・新設ではなく業務ビルになると思います。

その前にいかなくては!

現代日本建築の黎明期をかざった時代の終わりを感じます。
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by gentas | 2010-04-29 01:29 | News

菊竹清訓

先日、小山さんから紹介されて参加予定だった菊竹清訓さんのイベントは、残念ながら予想外の応募あり、また別件があったため出席できませんでした。非常に興味あったので実に残念です
http://www.tomiokoyamagallery.com/

小山さんとは某所で美術館を作ろうとしてコンサルをお願いしたところでお会いしたのが始まりです。美術専門家が建築・運営のコンサルというので最初は驚きましたが、冷静に考えれば当然のことです。いまでは押しも押されぬ専門家として引っ張りだこの様子ですが、それについては大変驚いています。

菊竹さんといえば、日本の現代建築の祖といってもおかしくない合理的な手法を定着させた丹下健三と設計コンペを学生時代に競い勝って、そのときすでに東大教授として建築界をリードしていた丹下健三に向かい、
先生、僕が抜くまで長生きしてくださいね
と言い放ったエピソードはあまりにも有名と思います。
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個人的には、スカイハウスよりも島根で見た出雲大社庁舎でしたか、が印象的です。写真だけで見るとなんだかわかりませんが、現地で見ると実にバランスのとれた「まともな建築」という印象があり、菊竹さんに対する理解が深まったような気がしました。
by gentas | 2009-09-05 12:50 | Urban Design

磯崎新

日経新聞「私の履歴書」に磯崎新さんが掲載され始めました。何年か前に講演会でお会いしましたがずいぶん様子が変わっていて驚いたのを覚えています。学生時代の印象は時代の最先端、自らが建築やデザインの潮流を作っている、という雰囲気やオーラを感じました。その点では最近やたらと持ち上げられている安藤忠雄さんとは違います。※そういえば、建築家といえばマオカラーの中国風な服を連想しますが、記憶にあるかぎりその最初は磯崎さんだったのではないか、と記憶します。今も安藤忠雄さんや有名なところではマリックも着ていますね。私は当然持っていませんがコルビジュエ風の蝶ネクタイはいくつかあります。そういえば最近は出番がありませんがね

少なくとも安藤さんは住吉の長屋で建築学会賞を取るまでは
アウトサイダー的存在
、で、東大と丹下さんといずれとも少し距離感をもちながら自由に行動しているかのような磯崎さんとは異質でした。
ですから5/14頃掲載の「丹下さんのところに来た設計について個人でコメントしてしまったので独立せざるをえなかったーー」というくだりは初めて読んだ気がします。

私が大学院のとき、吉岡奨学金だったかをもらった時にお会いしたような気がします(あるいはA+Uの記事を書いていたときに当時の中村編集長に紹介されたのかしれませんね)※写真は磯崎さんの大分図書館です。社会人になってから出張のついでにみたはずです。

さて、磯崎さんが連載し始めたから日経を取り始めた、という設計会社の方もいるようですが、確かにお元気な磯崎さんの過去の集約である、私と同世代の方にとっては興味ある連載です。そして自己主張が強くて
文章も確かにあいかわらずこってりしています
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。。。。今月はいろいろと資料を読む用事があるので、飽きるたびに昔の設計者について思い出を書いてみます(学生さんには役にはたたないだろうけど、当時としては珍しくあちこちに出入りしていましたので)
by gentas | 2009-05-16 22:05 | Urban Design