Thomas,Wohin Farhen Sie,denn?気力・体力は減少気味,睡眠時間は長くしないと持たないです。人生は「誤解と錯覚」ですがやりたいことはやっておかないと!


by gentas
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心斎橋は時代の接点

大阪の商業中心といえる心斎橋はまた「そごう」=デパートを意味する言葉であったかもしれません。そのそごうはついに閉店セールを開催の後、今月には閉店し大丸に売却されるようです。

しかしながら、大阪市内のいくつかのデパートを昨晩巡ってわかったのは
人が集まっていのは催事場だけという事実でした。まあ時間帯にも当然よるでしょうが新しいブランド、特に高級衣料は季節性も嗜好性もあるのかほとんど無人で恐怖すら感じました。

実は同様のことを梅田地下街(通称ウメチカ)を歩いても感じました。大阪名物?串揚げ屋、立ち飲み屋など高度経済成長期に疲れ果てて帰宅していくおっちゃんたちを慰めてきた店舗が次々に「おしゃれで客単価を上げた店舗」に代わり、ほぼ全滅状態のようでした。

閉鎖社会を前提とすれば人口減少・賃金の上昇が抑制傾向、そして嗜好の多様性・健康志向拡大の中で
単価を上げれば儲かることはなく、単価を上げれば客が減る、ましてや他店が同様のことをすれば一斉に客単価の安い店に流れるということを想定しないのでしょうか?

私個人の意見ですが、串揚げだって立ち飲みだって、誰もおいしいと思って寄るのではないでしょう。材料を揚げただけ、酒を注いだだけでお客さんが支払うのは
いわば「ハレからケへの転換費用(仕事という非人間的?な競争から人間的な日常生活への転換装置の利用料ではないのでしょうか?

実際初めて立ち飲み串揚げ屋に入ったと記憶する15年前に、客のほぼ全員が年金をもらっている世代=高度成長を支えた先輩たちだったのを発見したときにそう確信しました。実際あの狭いスペースで衛生状態も怪しい素材をただ揚げるだけではおいしいはずがなく、また原材料諸経費の割りには単価は高いという印象をもちました。かつての働き盛り世代もおいしいおいしいと言うわりには、年金世代の胃袋は劣悪な油や衣は受け付けず売り上げも伸びないのです。。。。。

今日も仕事であちこち移動しますが、最後にはそごうに寄り家族への土産でも買ってかえるつもりです。
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by gentas | 2009-08-25 07:57 | Town Walking