Thomas,Wohin Farhen Sie,denn?気力・体力は減少気味,睡眠時間は長くしないと持たないです。人生は「誤解と錯覚」ですがやりたいことはやっておかないと!


by gentas
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

宗教とは

納骨というのを初めてしてみて、宗教ってなに?と疑問がわいてきました。

すごい嵐の中、東名では多重事故は起こったりと嫌な雰囲気の中でかけました。場所はとんでもなく大きな富士山麓の墓地でしたがm異様な規模であるのに、実に整然とした施設とシステム化されたサービスは、はっきりといえば家族を安心させつつも、「経済合理性」をいやというほど認識させられました。つまり、
メニューと金です。
流れ作業で読経する坊さんに対しても、葬儀のときの「導師」的な遺族を感動させるような姿勢なく、実にたんたんとしていて稚拙です。

知人から「牧師は資格を確認できず、結婚式の牧師などは怪しいものだ」という指摘は的を射てますが、法要でも顕著でした。そのように思って注意していると今回は自らどこに属している坊主だといっています。きっと皆さんそのような疑問をもっているのでしょうね、(前回その感動的な坊さんに聞いたところ、○○宗だからそこから来た、ということは一切なく、実際に仏教でいえば昔からどの宗派も一緒にやってきたそうです)

考えてみると、今回はなにを霊園や坊さんにお願いしたかも知らないので、亡くなった父には申し訳ありませんが法要にほとんど関心ありませんでした(兄弟間での調整のためですが、実に親不孝だなあとは自覚しています。でも葬儀のときはいろいろ意見をまとめ調整したつもりがいろいろな勝手をされた身からすると責任はわけた方がいいと思っています。でも今回は意見も聞かれず相談もなかったのですが)。
読経がはじまると、これまたお決まり?で「なにをうなっているのかわかりません」。そのせいか、最初は実に適当に語っていたような気がしましたが、遠くから来た親戚縁者はさすがに読経を一緒に口ずさむではありませんか!

私の理解がまちがっていなければ、坊さんはそれから突然まじめに読経をはじめ、なにやら数種のお祈りをしました。「ええ、さきほどは○○を唱えましたので、今度は○○にします」というと親戚縁者は当然だろうとうなずくではありませんか!!!
少なくとも、自分はその仏教の一つである宗徒ではない、と感じたのは我が家に限らず、兄弟もそうでした。

ということは我々がやるであろう将来の葬式は、宗教の自覚ない我々にとってそもそも宗教宗派の選択に意味があるのでしょうか?
非常に疎外感を感じました。

つまり、

結婚と死の際だけしか宗教を実感しない現代日本人はなにかたいへん大きな間違いをしているのではないか?という疎外感です。偉そうに趣味の一環のように関心をもつ対象ではなく(これは私のこと)、より家族とか親戚とか人生とか生活をも包含する宗教や宗教観を持たないといけないのではないか、と

なお、念のためクルマでしか移動できない墓地の膨大な数の碑銘を一瞥したところ、全体は清掃が行き届いていますが、30%程度は墓地を買ってはいるが使っていないか、納骨したのに以後見守っていないような実に侘しいたたずまいでした。

墓地の購入や使用といった現実ばかりに目を向けて、生活や人生と乖離した宗教観を持ってことも理由のひとつなのでしょうね。。。。。
by gentas | 2008-08-31 06:32 | Town Walking