Thomas,Wohin Farhen Sie,denn?気力・体力は減少気味,睡眠時間は長くしないと持たないです。人生は「誤解と錯覚」ですがやりたいことはやっておかないと!


by gentas
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タグ:吉阪隆正 ( 12 ) タグの人気記事

職能

英国大学のたいへん面白い論文が大きな波紋を呼んで、「これからなくなる仕事」が大きな話題です。原文ではPCによる代替性を算出して、いかにその仕事が非生産的か、を挙げています。学術的な論考としての評価は別にして、銀行の融資担当などいままで威勢のよかった仕事が「これから消失していく」ことを挙げておりなかなか面白い。

そんな話題でこの数週間を過ごしていたら、こんな本に出会いました。生理的には苦手な人種だと思っていましたが筆のリズムはなかなか良いと素直に関心しました。

なお、昨年の吉阪隆正賞受賞を聞いたときには、少し残念な気持ちになり忙しいこともあって授賞式を欠席したのですが、書中にはホワイトアウトして何もしゃべれなかった、とオチがなかったようなことが描いてありました

坂口恭平 躁鬱日記 (シリーズ ケアをひらく)

坂口 恭平 / 医学書院



際物好き、の琴線にはあうかもしれません
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by gentas | 2014-12-14 15:25 | Urban Design

浅田孝

某事務局移転に伴う記念講演会がある、というのでノコノコ聴きに行きました。

内容に関心ある、というより知人たちが来ているかなあ、という曖昧な好奇心のためでした。いつもにぎやかで押しの強い方々なのに、まるで通夜のような静かな語らいでした。実をいえば、いろいろなことを思い出すことができた印象的な会でした。会の主題は
浅田孝を語る

元所員であった方が、本を書かない、設計しない、講義しない偉人のことを没後時間をかけて、集約した貴重な本の出版記念でもあります

浅田孝―つくらない建築家、日本初の都市プランナー―

笹原 克 / オーム社


話の中で繰り返しでてきた”伊藤駿介”さんの名前を聞いて思い出しました。所属した研究室の一部の優秀な諸先輩たちが出入りしていたこと、早逝した伊藤駿介さんがその後立ち上げた会社が浅田孝さんから枝葉別れしたこと、その諸先輩たちが三菱総研野村総研などいわゆるシンクタンク系へ多くの人材供給の口火を切ったこと。。。。ああ、なんでいろいろなことを忘れてしまうんでしょう。。。

本箱の奥深くにあるはずの『環境開発論』を引っ張り出して読み返してみよう

環境開発論 (1969年) (SD選書)

浅田 孝 / 鹿島研究所出版会


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by gentas | 2014-08-12 06:41 | Urban Design

斉藤祐子さん

「君の名前だけはよく目撃したり聞くんだけど、最近何してんの」

斉藤さんに久しぶりにお会いしたら、いきなり厳しくも鋭い質問を受けました。

斉藤祐子さん、といえば、数々の名セリフを思い出します。
ボーナスでたでしょ、ってご馳走になるつもりでU研に来た人がいてびっくりしたわ。ボーナスあるわけないじゃない」とはアトリエ時代に聞いた話ですが、あまり思い出ばかりを整理してもボケそうなのでやめておきましょう。

さて

そんな活動的でステキな斉藤さんが
神楽坂建築塾で「住まいからまちへ」というタイトルの
トークショーを開催するそうです。
関心ある方は参加下さい。
斉藤さんは、6月23日(土)15:00~16:30 神楽坂建築塾
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ところで、斉藤さんといえば吉阪隆正研究書です。タイトルは多少肩ひじ張っているように思われますが、内容は施主の内面にも入った、実に愛にあふれた作品を通した方法論の解釈であり、整理された内容だと思います。おすすめです。

吉阪隆正の方法 浦邸1956

斉藤 祐子住まいの図書館出版局


PS.偶然にも私も「浦邸」にお邪魔したことがあります。実に温かく迎えていただき、いかに住むのがたいへんなのか、しかしいかにこの家が素晴らしいか、を滔々と説明され、こんな素晴らしい施主がいるのだろうか、と感動したものです。
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by gentas | 2012-06-11 13:16 | News

吉阪隆正蔵書公開

有名な蘭学者である
箕作阮甫(みつくりげんぽ)を祖に持つ吉阪隆正先生所蔵の書籍の一部が公開されています。

公開場所は建築会館の喫茶アゴラの一画です。既報のとおり、7月9日を持ってアゴラは閉室され、以降は書籍販売コーナーになる予定です。
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常に書籍に囲まれていた先生故に、その蔵書もまた膨大です。U研の方に伺うと雑誌類は相当部分は処分され、保存状態の良いもののうちから抜粋し展示しているそうです。従って、いわゆる稀覯本はなく、専門書類が中心ですがお人柄が垣間見えるような展示です。

そういえば、亡くなられた後形見分けと言われて数冊の本をいただきました。ほとんどの方は建築関係の本に関心あったようなので、私は「それ以外」を観ていて、結局は先生の家庭教師だったらしい
大内兵衛先生から贈呈された簡装本を、確かジュニア(大竹ジュニア)から数冊いただきました。

理性ある人びと 力ある言葉―大内兵衛グループの思想と行動

ローラ・E. ハイン / 岩波書店




大内兵衛先生を知ってみると、吉阪隆正という人格ができた要素のひとつがこの素晴らしい知識人大学人であるような気がしました。そのせいか、本郷にいくときは経済学部図書館の中でいかめしい顔で睨んでいる先生の写真をなるべく見上げ、感慨にふけるようにしています。
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by gentas | 2012-06-11 12:58 | Book Worm

地井昭夫

君、大学院に行きたいんだって?だったら東工大青木研に行きなさい

吉阪隆正先生に進学相談に行ったとき、何がしたいとか成績はどうかなどの説明をしない内に開口一番言われたことを今でもよく覚えています。※今になって、先生の発言が私を排除するものでも冗談でもなく、実に有難い助言だったなあ、としみじみ思います。因みに、青木研究室に顔を出したら非常に歓待されました。

当時の吉阪研究室は、まだ人気が高く特に外部の大学から受験したり、研究生として出入りする人もいて
競争率5倍、東大建築計画研究室などは何年も浪人している人がたくさんいる、などとウブで世間知らずの我々を恐怖に落とすような噂が飛びかっていました。

当時でさえ、将来の展望がそれほどあるといえない大学院に、何故浪人してまで進学しようとするのか?そんな魅力あるのか、実は思い込みではないかなどと多いに悩んだものです。

さて

来るな、と言われたので進学すると、研究室は自由気ままです。ぼんやりした環境でしたが、すでに著名な設計者や学者となられた、なんとも威圧感ある先輩諸氏を中心に毎日頻繁に研究室を出入りしていました。その中の一人が

地井昭夫先生でした

いっぱしの設計デザイナーきどりの大学院生を、まるでを空気のように相手せず、地井先生は農山漁村問題を真摯に説き、早々と大学での職を得られて研究者としての道を歩まれました。

ただ非常に残念なことに、東京から離れた金沢や広島の大学が拠点だったので学会などでしかお会いする機会なく、それらに素人同然の浅学者である我々はあまりご指導いただくことはありませんでした。また、フィールドワークを重要視されたからではないでしょうが、たくさんの論文はあってもまとまった著書などはあまりなかったようでした。

このほど、地井昭夫先生のご遺族や遺構集刊行会のご協力ご支援により、工作舎から遺構集が刊行されることになりました。ご興味あるかたはお申込み下さい。
※東日本大震災で、海に囲まれた国であることを再認識したものの、頼れる研究者や研究が非常に少ないことに気付きました。本書は貴重な資料に必ずやなるものと思います。

漁師はなぜ、海を向いて住むのか?

地井昭夫 / 工作舎

漁師はなぜ海を向いて住むのか?」

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by gentas | 2012-05-08 17:07 | Recommendation

吉阪隆正

吉阪隆正、没後30年。。。

都市計画、建築設計を学ぶもので吉阪隆正の名前を聞いたことはない、という方は少ないでしょう。

官立造家学科から始まる日本の建築学科の中で、私立の早稲田大学を中心に教育・指導・研究を行い、驚くべきことにその風貌や肉声、発言の老成に惑わされそうですが、実際は63才という、現代ではやや早死と言われる年令で逝去されました。

ちょうどジョン・レノンが射殺されてしまった同じ12月のことでした。

3月10日

ちょうどご子息の正邦さんご夫婦が運営する建築会館のアゴラが閉館されるから集まろうか、とOB数人の方とお会いしているとき話題になり、急遽30年ぶりに吉阪研究室OBOG諸兄姉と再会することとしました。
※どうやら時代を反映して、会館運営上の理由での閉鎖となったことを正邦さんから知りました。

会合は予想外の出席者で5,60人はいたようです。それでも多士済々のOBOGですが、さすがに名前のわかっている方々の半数でしょうか。

「吉阪研らしく」特別な式次第はなく、相互に近況を語っただけのシンプルなものです。しかしながら、時間とともにジワジワと年齢の壁はなくなり、すっかり寂しくなり白くなった頭髪を見ても「あ、あの人はTさんだ」と女子大生にもてていた先輩、「あの愚痴ばかりいっていたNさんがねえ」と前T大副学長の顔や近況がわかるようになりました。

当然、2次会は大盛り上がりで全員が危うく終電になりそうでした。※なにせ没後30年での会合ですから、2次会は若手とはいえ相当な方々です。皆さんたいへん健啖家なのを再確認しました。

いやはや

学校のOB会というのはいいものですね。
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by gentas | 2012-03-14 14:59 | Urban Design

忘年会

ふりかえると、
忘年会は仕事の延長、ぐらいとしか認識せず参加していた気がします。

しかし、最近ではむしろ正反対に、仕事を離れた個人的な会合がだんだんと増え、仕事関係についてはできる限り回避しがちです。

そういう点では、はるか昔日の、学校の仲間との会合は
」の自分が表現できる貴重な会合であり、実に気楽な会合です。

「君のさっきの発言はおかしいのではないか」とか「あの話をしていいのかね」、あるいは「君は批判的な姿勢だ」などといった揚げ足取りは一切ありません(よね?)そういえば、メールアドレスはわかっているので、名刺交換もあえてする人はほとんどいなかったようです。

実に、ゆる~い感じですね。
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※冷静に考えると、研究室を内容の怪しげな修士論文を出してから初めての忘年会です(31年ぶり?)
出席者との語らいは、30分もいれば当時のままの雰囲気に戻るから実に不思議です。

多くは、上下の関係なく、名前しか存知あげない人でも、過去の思い出や近況、更には将来の予定、大学教師になったぞ、からこれから学生に戻るぞ、といった実に渾然一体な話題でした
※母校の教育成果にやや失望している意見もあり、愛情あるものの厳しい評価を受けるなど時代の流れを感じました。

また、先生のご子息が運営するカフェが来年3月で閉鎖されることを知り、災い転じて福となり、拡大OB会を開こう、といった話がでたのは新年に向けてたいへんいいことでした。
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by gentas | 2011-12-23 14:49 | Urban Design

田中泯

5月13日、この日は第一回吉阪隆正賞の受賞があるようです。

そして、受賞者は田中泯さんです。

知人の一部は「なまじ建築デザイナーなどではなく、なかなか良い選考だ」とのコメントがありました。

私個人としてはよくわかりませんが、田中さんの活動を振り返れば、すでに「受賞期」といえるほど、数多くの賞を受賞されていることで存在意義がわかります。

田中泯さん、受賞おめでとうございます!
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by gentas | 2011-05-13 00:05 | Urban Design

大内兵衛

多少図書館フェチと言われそうなくらいに遭遇した図書館には鮮烈な記憶が多くあります。ふりかえると大して教養のない、いやまったくなかったような我が家では、外部の図書館が好きというのは、立派な反面教師というべき現象なのかもしれません。

すべては図書館で知りえた、というのはウソですがたくさんの記憶があります。
そのせいか海外などに行くと必ず訪れる美術館・動物園に劣らず、どこにいっても図書館が気になります。
街の立て直しを図りたい、という地域・地区に愛されている図書館があれば俄然やるきがでます。「大丈夫ですよ」思わずそんなことをいいたくなります。

さて、本郷キャンパスに行くと、さすがに実にたくさんの図書館があるので驚きます。

その中でも経済学部図書室はお気に入りのひとつです。
まるで国技館の相撲資料館のように、いかめしい顔をした歴代の学部長など偉人たちが高い天井から下を睨んでいます。

その中には大内兵衛さんもいます。
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行動的な戦後の大物学者という側面と、わが師
吉阪隆正の家庭教師だったということで非常に親近感があります。実際の講義を聞くことはできませんでしたが新潮社の講演テープを介して肉声を聞いたことがあります。
実に淡々とした語りかえるような声でした。
まして、形見分けで大内兵衛先生の本を何冊かいただき感銘をうけたのを覚えています。

図書自体は基本的に閉架式です。開架式には年鑑などですが肝心の図書類は一冊づつ依頼してだしてもらいます(返却が1日でも遅れればたいへんなことになります!)
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by gentas | 2011-02-12 00:14 | Book Worm

吉阪隆正賞

8月27日、何故か死後30年経っているのですが
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※吉阪さんを知らない人は下記wikipediaを参照下さい
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E9%98%AA%E9%9A%86%E6%AD%A3
吉阪隆正賞
を創設するから寄付しろ、というので早稲田大学に行ってみました。
※しばらく行かないうちに、理工学部はすごく綺麗になっていました。びっくりです。こんなことなら娘の進学を反対するんじゃなかった。。。

厳しくいえば、あいかわらずマネジメントのない、よくいえば自由闊達な司会まわしで選考委員の紹介やら、意味などをいっていました。しかしながら参加しておきながら思うのは、やはり大学というところは社会から遅れていて、あいかわらずワセダは「先生2流、学生1流?」だったという印象でした。学生の熱意や意思はよくわかりましたが吉阪OBや主催者はなんだかダラっとしていましたねえ。
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私にとって得られた収穫は次のとおり
1)東大の内藤先生、もう60才だって?ウソー
2)あちこちの他大学生もたくさん来ていて、さすがワセダらしい「敷居の低さ」だなあ
3)吉阪さんの弟子はせいぜい5%(ほとんどは会ったこともない若者なのでよろしい!)
4)やっぱりみんな「吉阪さんはわからないけどおもしろい」と思っていたことを再確認


しかし

やっぱり、彼、
吉阪隆正とはいったいなんだったのかという疑問は残ります。
尻尾の存在」の私は、今でもわかりません。
吉阪さんから生まれていった
象設計集団やU研も活動は飛散し、分散し、そして世代交代しました※いまや、中核の人たちの多くは鬼籍か病院か歴史の教科書の中に鎮座しています。
私にとって、一番元気だった重村さんが神戸大学にうつり、藤井東洋大学部長も他用で欠席と、なんだか

餡のない饅頭のような雰囲気でした。内藤さんが孤軍奮闘し、東大教授らしくまじめに治めようとしていたようです。
※司会者が吉阪スクールなどという表現をしていましたが、確か川添さんだったか(あれ、自信ないなあ)の本で”スクールというものがないのが吉阪グループの特徴”と何かに書いていたのを思い出します。従って、何故司会者がそのようなことがいえるのか訝ります。何か意味があるのでしょうか?
漫然とした”出身者”を英語が得意らしい彼がそう表現したのでしょうか?
これがガッコウの先生のすごいところ、あるいは不幸というのでしょうか?

PS.Mさん、これでどうでしょう?
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by gentas | 2010-08-28 11:45 | Urban Design